インプラントが抜けてしまう病気「インプラント周囲炎」の対処法は?

松川 眞敏
松川 眞敏
この記事の監修者
医療法人社団「朋優会」理事長。歯科医師・インプラント専門医。国際インプラント学士会(I.C.O.I.)メンバー。米国インプラント学会(A.O.)アクティブメンバー。欧州インプラント学会(E.A.O.)メンバー。O.S.I.アドバンスドトレーニングコース 講師。
https://e-implant-tokyo.com/smile-implant/

高額な治療費と長い治療期間をかけて手に入れたインプラントが、よもや数年で抜け落ちてしまうなど、治療前には誰も想像しないでしょう。

 

インプラントの寿命を左右するのは術者の技術ばかりとはかぎらず、治療後に発生する「インプラント周囲炎」もその大きな要因であることを知っておかなければなりません。

 

そこで今回はインプラント周囲炎について、その原因や対処法などをご紹介していきます。

目次

1. 治療後のトラブルに多い「インプラント周囲炎」

1-1. “むし歯”にはならないが、“歯周病”にはなるインプラント

「インプラントは半永久的なもの」とネット上で知ったという人も少なくないでしょう。こう聞くと、インプラントがあたかも何の不具合も起こさない完ぺきな修復物であるかのように思えてしまいます。確かにすべてが人工物であるインプラントはむし歯にはならないため、むし歯特有の痛みに悩まされたり、それによってインプラントを失ったりする心配もありません。

 

しかしインプラントそのものは人工物でも、それを支える“歯ぐき”や“骨”は体の一部であり、自身の歯と同様に細菌による感染や炎症を起こします。歯の周囲に生じる炎症は『歯周病』と呼びますが、インプラントではこれを『インプラント周囲炎』といい、インプラントが揺れたり、抜け落ちたりする原因になります。

1-2. インプラント周囲炎は進行が早い

インプラント周囲炎が歯周病と異なるのは、歯周病よりも病状が進行するのが早く、周囲を囲む骨の破壊も早く進みやすいという点です。これは歯とインプラントでは、あごの骨とのくっつき方に違いがあることがその要因となっています。

 

歯と骨との間にセメント質や歯根膜と呼ばれる組織がはさまれているのに対し、インプラントはこれらを介さず直接あごの骨とくっついています。

 

つまり歯が歯周病になるとその炎症はセメント質→歯根膜→あごの骨の順に広がっていきますが、インプラントの場合は炎症がそのままあごの骨へと広がってしまうわけです。したがってインプラント周囲炎では歯周病よりもさらに徹底した予防ケア、そして早めの発見・治療が重要なポイントとなります。

1-3. 『生存率90%』の落とし穴

インプラントがなぜ「半永久的」と謳われているのか?

その裏づけの1つとなっているのがインプラントの『生存率』です。

 

生存率とは、治療後、一定の期間が経った時に、インプラントがお口の中に残っている割合を示すものです。厚生労働省による報告では、上顎で90%程度、下顎で94%程度と高い割合であることが示されています。

 

しかしこれは治療後10~15年の間の生存率で、20年、30年後の生存率についてはいまだ明確な数値は示されていません。たとえば40歳でインプラント治療を受けた場合、50~55歳までの生存率はある程度保証されても、それ以降については“どうなるかわからない”というのが実状です。これを「半永久的」と安易にとらえてしまえば、のちにインプラント周囲炎などの思わぬトラブルに見舞われかねないため注意しましょう。

2. インプラント周囲炎のリスクが高い人の特徴

2-1. あまり歯を磨かない

インプラント周囲炎はお口の中の細菌がインプラント周囲の歯ぐきに感染して起こる病気です。したがってこまめなケアが苦手な人、あまり歯を磨かない人などは治療後にインプラント周囲炎を発症する可能性が高くなります。

 

インプラントを長く安定させるためには「治療後のセルフケアを徹底すること」「定期メンテナンスを欠かさず受けること」が必須条件です

2-2. 歯周病が原因で歯を失った

インプラント周囲炎の原因となる細菌は、主にお口の中の歯周病菌です。そのためすでに歯周病の人、あるいは歯周病によって歯を失った人は、治療後にインプラント周囲炎を発症するリスクが高くなります。

 

しかし歯周病の人でもインプラント治療前に適切な治療を行っていれば、インプラントの生存率にはそれほど影響しないことがわかっています。したがって治療に多少の時間を要しても、インプラント治療前に必ず歯周病を改善しておきましょう。

 

2-3. 歯ぎしり・食いしばりがある

自身の歯とは異なり、あごの骨との間に何も介さないインプラントは、噛み合わせの力がダイレクトに骨に伝わります。歯ぎしりや食いしばりがあるとインプラントに必要以上の力が加わりやすく、その刺激によって骨が破壊され、インプラント周囲炎と同じような症状を引き起こしやすくなります。

 

したがって歯ぎしりや食いしばりのある人がインプラント治療をおこなう場合は、日中あるいは就寝中にマウスピースを装着し、インプラントの保護に努めることが大切です

2-4. タバコを吸っている

タバコの煙に含まれる有害物質は歯ぐきの血行を悪くし、生体の抵抗力を弱めるため、インプラント周囲炎の発症確率が高まります。

 

歯科医の多くは治療前に節煙や禁煙を勧めています

 

3.インプラント周囲炎の診断基準

3-1. インプラント周囲炎の症状

インプラント周囲炎の症状は歯周病と似ており、インプラント周囲の歯ぐきの腫れや出血などがみられます。また歯ぐきを押すと痛みを感じたり、膿が出たりすることもあります。

 

3-2. プロービング検査

歯周病は、歯と歯ぐきのすき間にできる『歯周ポケット』の深さで症状の進行を確認します。インプラント周囲炎でもこれと同様の検査を行います。歯周ポケットの深さが6mm以上の場合、インプラント周囲炎である可能性が高くなります

3-3. 出血・排膿の有無

歯周ポケットの検査では、深さをはかかる道具を挿入した時に歯ぐきから出血があるか、また膿が出ているか(排膿があるか)も同時にみていきます。

3-4. インプラントの揺れ

歯周病では歯がグラグラ揺れる度合いも診断基準の1つですが、インプラント周囲炎でも骨の破壊が著しく進んだケースではインプラントに揺れがみられるようになります。

 

ただ骨と直接くっついているインプラントの場合は、骨の破壊が進んでもインプラントに揺れがみられないケースがあります。そのため「インプラントの揺れがない=インプラント周囲炎ではない」とはただちに判断できず、他の検査結果とあわせて総合的に診断していきます

3-5. レントゲン検査

レントゲン撮影をおこない、インプラント周囲の骨の破壊がどの程度進んでいるかを診断します。インプラント周囲炎ではインプラント周囲の骨に明らかな変化や吸収が確認できます

4. インプラント周囲炎の対処法と治療法

4-1. インプラント周囲のクリーニング

細菌に対する抵抗力の弱いインプラントは、常にお口を清潔に保つことが重要です

 

セルフケアでは通常の歯磨きにくわえ、タフトブラシや歯間ブラシ、デンタルフロスなどを用いて丁寧にプラークを落としていきます。また日ごろのケアで落とせない汚れは、歯科医院でのメンテナンスでしっかり取り除いてもらいましょう。

4-2. 薬剤による洗浄

インプラント歯周炎にすでになっている、またはそこに至らないまでも歯ぐきに腫れや出血がみられるケースでは、殺菌剤によるインプラント周囲の洗浄をおこないます。

4-3.抗生物質による抗菌療法

歯周ポケットの深さが6mm以上で、出血があり、骨の吸収が2mm以内であるケースでは、抗生物質を用いた治療をおこないます。

4-4. 外科的治療

歯周ポケットの深さが6mm以上で出血があり、骨の吸収が3mm以上あるケースでは、手術による外科的治療をおこなうことがあります。手術では歯ぐきを切り開き、インプラントや周囲の骨が直接目で確認できる状態の中で、内部の汚れを取り除いていきます。また状態に応じて骨の再生を促す治療を行います。

4-5. インプラントの除去

先の外科的治療で改善がみられない、あるいはすでに著しい骨の破壊やインプラントの揺れがあるケースでは、インプラントの除去が余儀なくされます。インプラントを除去した後に再度インプラント治療を行うかについては、骨の状態、患者さんの要望などを考慮して決定します。

5. まとめ

「一度入れれば一生もの」と思われがちなインプラント。しかし生存率90%という数値も適切な治療と管理があってこその数字であることを理解しておかなければなりません。インプラントは治療が終わってからがスタートとなります。毎日のケアと定期メンテナンスを徹底し、インプラント周囲炎をしっかり予防していきましょう。

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