- この記事の監修者
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医療法人社団「朋優会」理事長。歯科医師・インプラント専門医。国際インプラント学士会(I.C.O.I.)メンバー。米国インプラント学会(A.O.)アクティブメンバー。欧州インプラント学会(E.A.O.)メンバー。O.S.I.アドバンスドトレーニングコース 講師。
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失った永久歯が再び生えてくることはありません。これまではインプラント・入れ歯・ブリッジによって人工歯を装着し補ってきました。しかし、機能が優れてはいても人工歯のため、天然の歯に比べると劣る部分があります。
自分の歯を残す選択肢の1つが、親知らずなど他の部分に生えていた歯を、歯を失った場所に移植する「歯牙移植(しがいしょく)」です。昔からある治療法ですが技術の進歩により、治療を受ける患者が増え、知名度が上がりつつあります。
この記事では、歯牙移植はどんなものかや治療を受ける条件、メリット・デメリットなどを、知識がない人にもわかりやすく解説します。
目次
- 1.インプラントの代わりに親知らずを利用する「歯牙移植」について解説
- 1-1.歯牙移植とはどんな治療?
- 1-2.歯牙移植の一般的な流れ
- 2. 歯牙移植を受けられる場合って?
- 2-1.移植に利用できる歯がある
- 2-2.歯のサイズに大きな差がない
- 2-3.歯根の本数が少なく形が単純である
- 2-4.移植する歯に異常がない
- 2-5.あごの骨量が充分ある
- 2-6.年齢が40歳くらいまで
- 3.歯牙移植のメリット
- 3-1.噛む機能が優れている
- 3-2.歯や歯ぐきへの負担が軽減できる
- 3-3.移植した歯を矯正できる
- 3-4.治療費がリーズナブル
- 3-5.成長期に治療できる
- 3-6.アレルギー反応が起きにくい
- 4.歯牙移植のデメリット
- 4-1.限られたケースにしか適用できない
- 4-2.高齢者には適さない
- 4-3.対応できる歯科クリニックが少ない
- 4-4.虫歯になるリスクがある
- 4-5.インプラントと比較すると成功率が低い
- 5.歯牙移植で天然の歯を残そう!まずは歯科クリニックで相談を
1.インプラントの代わりに親知らずを利用する「歯牙移植」について解説
歯牙移植の概要や治療の流れを解説します。
1-1.歯牙移植とはどんな治療?
歯牙移植は、歯を失った、またはこれから抜歯する部分に、自分の歯を移植し、歯と歯ぐきの間の「歯根膜(しこんまく)」に定着させ再生する治療を指します。
移植する歯は、かみ合わせに影響しない歯です。親知らずを利用するケースが大半ですが、歯の頭の全てまたは一部があごの骨や歯ぐきに埋まっている「埋伏歯(まいふくし)」などを使う場合もあります。
免疫を考慮して、移植する歯は本人のものに限られており、他人から歯の提供を受けることはできません。
歯を補う治療法のひとつであるインプラントは、歯ぐきを切開してチタンなどでできた人工歯根をあごの骨に埋め込み、人工歯を装着して歯の機能や見た目を補います。歯牙移植とは異なり、歯根膜は残りません。
1-2.歯牙移植の一般的な流れ
歯牙移植は基本的に以下のような流れで行います。最終的なかぶせものは、移植した歯が定着してからつけるため、治療期間はトータルで3ヶ月から半年ほどかかります。
【1】抜歯する
移植する箇所に歯が残っていれば、抜歯して取り除きます。
【2】移植に使う歯を抜く
移植に使う歯を抜きます。
【3】移植
移植する部分を移植する歯の根に合わせた形状に整え、移植します。
抜歯と同時に移植するのが基本ですが、移植する部分が感染を起こしている場合などは、数日〜数週間ほど期間を開ける場合もあります。
【4】移植後の歯を固定する
移植した歯を定着させるために固定します。しっかり固定しすぎると、歯とあごの骨がくっついて失敗するリスクがあるので、糸やワイヤーを使用する場合が多いです。
【5】歯根の治療
移植した歯は抜歯時に神経が切断されているので、歯根の細菌感染を防ぐための治療をします。
【6】詰め物をする
治療した穴から細菌が入り込まないよう詰め物をして終了です。
2. 歯牙移植を受けられる場合って?
歯牙移植は、下記のような条件を満たさないと適用できません。
2-1.移植に利用できる歯がある
歯牙移植にはかみ合わせに影響しない歯を使用します。免疫の関係で他の人の歯は移植できないため、親知らずをはじめとする利用できる歯がなければ諦めざるを得ません。
2-2.歯のサイズに大きな差がない
抜けた歯と移植する歯の大きさが違いすぎると、移植は難しいでしょう。例えば、親知らずであれば奥歯部分への移植には適していますが、前歯部分への移植には不適切です。
2-3.歯根の本数が少なく形が単純である
歯根は、人や歯によって本数も形状もさまざまです。歯根の本数が多かったり、複雑だったりすると、移植する場所の形を整えても歯根膜が傷つきやすくなります。そのため、移植する歯の根の状態によっては治療ができないケースがあるのです。
2-4.移植する歯に異常がない
移植する歯に重い虫歯や歯周病といった異常があると、歯牙移植に適さない可能性があります。ただし、軽度の虫歯であれば、移植後に治療できるかもしれません。まずは歯科医師の判断をあおぎましょう。
2-5.あごの骨量が充分ある
周囲の骨の量が少ないと、歯を移植しても支えきれないかもしれません。骨量不足の場合は、先に骨移植などで量を増やします。
2-6.年齢が40歳くらいまで
歯牙移植を成功させるには、移植した歯を根づかせなければいけません。年齢が若い方が定着しやすく、成功率が高い傾向にあります。40代以降になると加齢により、移植後の傷が治りにくく、歯周病のリスクが高まるため、成功率は下がります。
ただし、歯や歯ぐきの状態は同じ年齢でも個人差があります。40歳以上は適用できないと厳密に決まっているわけではないため、まずは歯科医師に相談しましょう。
歯牙移植をできるかは、上記以外にもさまざまな条件が関係してきます。そのため、歯科医師がCT撮影や歯の模型などにより慎重に検討し、適用できるかを判断します。
3.歯牙移植のメリット
歯牙移植のメリットのうち代表的なものを紹介します。
3-1.噛む機能が優れている
インプラントは噛む機能を天然の歯とほぼ変わらないレベルまで回復できますが、クッションとして機能する歯根膜が存在しないので、全く同じかみ心地にはなりません。
かみ心地はおいしさを味わうための重要なポイントです。歯牙移植であれば、人工歯を装着するよりも、毎日の食事を楽しめるでしょう。
3-2.歯や歯ぐきへの負担が軽減できる
歯牙移植した歯には歯根膜が存在するため、噛むときの衝撃が吸収され、インプラントと比べ歯や歯ぐきにかかる負荷を軽減できるでしょう。
3-3.移植した歯を矯正できる
インプラントで装着した人工歯は、矯正治療によって歯並びを整えられません。しかし、歯牙移植した歯は天然の歯と同じように、後から矯正治療を受けられます。
3-4.治療費がリーズナブル
親知らず・埋状歯のどちらかを使用し、かつ移植する箇所に歯が残っている場合は、保険適用となり3割負担で治療を受けられるケースがあります。
インプラントは基本的に全額自己負担なので、費用の差は大きいといえるでしょう。
保険適用されなかった場合も、歯牙移植の治療費はインプラントと比較してリーズナブルな治療法です。
3-5.成長期に治療できる
インプラントは、あごの骨が大きくなるとかみ合わせが崩れるため、成長期が終わってからしかできません。しかし、歯牙移植であれば天然の歯なので、成長に合わせて自然に歯の位置が調整され、若年層でも治療可能です。
年齢が若いと移植した歯の定着率がよく、成長期が終わる前に歯を失った人には効果が大きい治療法といえるでしょう。
3-6.アレルギー反応が起きにくい
インプラントによく使われるチタンはアレルギー反応が起きにくい金属ですが、まれに起こるケースがあります。自分の歯を移植すれば、アレルギーのリスクはほぼないでしょう。
また、人工物を埋め込むことに心理的な抵抗のある人も、治療を受けるハードルが低いというメリットもあります。
4.歯牙移植のデメリット
歯牙移植は 長所の多い治療法ですが、デメリットも存在します。後悔しないよう、治療前に知っておきましょう。
4-1.限られたケースにしか適用できない
歯牙移植は、移植する歯に異常がない、サイズに大きな差がないなど多くの条件を満たさなければならず、限られたケースにしか適用できないのがネックです。その場合、インプラントや入れ歯、ブリッジなど他の方法で歯を補います。
4-2.高齢者には適さない
歯牙移植した歯は、年齢を重ねるほど定着しにくくなります。40歳以上の場合、移植しても失敗してしまうケースが少なくありません。歯を失う高齢者は多いので、年齢を重ねるのに伴い、成功率が低くなるのは大きな弱点だといえます。
4-3.対応できる歯科クリニックが少ない
インプラントも外科手術を伴う高度な技術を求められる治療法ですが、歯牙移植はさらに難易度が高いといわれています。
移植する部位の形を適切に整え、スピーディーに移植する必要があり、歯科医師の準備・判断力・スキルによって結果が大きく左右されるのです。口周辺の構造への理解が問われるので、口腔外科の知識・経験が優れている歯科医師が望ましいといわれています。
そのため、対応できる歯科医師が限られており、歯科クリニック探しは難航するかもしれません。
ホームページなどをチェックして、治療実績が多い、口腔外科学会に所属しているといった歯科クリニックを選ぶとよいでしょう。
また、歯根の形を立体的に把握できる歯科用3DCTの設備がある歯科クリニックであれば、精密な検査ができ、より適切な治療ができる可能性が高いと考えられます。
4-4.虫歯になるリスクがある
人工歯はセラミックなどでできているため、虫歯になるリスクはありません。しかし、歯牙移植は天然の歯なので、細菌に感染し、虫歯になるリスクがあります。
また、移植した歯の神経は基本的に死んでしまうため、健康な歯と比べて歯根の病気やあご骨との癒着などのトラブルになりやすいといわれています。
4-5.インプラントと比較すると成功率が低い
インプラントの約9割以上が10年後も使用できるのに対し、歯牙移植の成功率は80~90%ほどと低く、残念ながら定着せずに歯が脱落してしまうケースも少なくありません。
歯科医師のアドバイスを守り、歯磨きなどのメンテナンスを徹底することで、長持ちさせられる可能性があります。
5.歯牙移植で天然の歯を残そう!まずは歯科クリニックで相談を
歯牙移植は、歯を失った部分に親知らずなどかみ合わせに影響のない歯を埋め込む治療法です。
主な長所は、歯根膜があるためかみ心地が本来の歯と変わらない、歯や歯ぐきの負荷を軽減できる、矯正できる、治療費がリーズナブルなどです。
しかし、移植に適した歯があるなど複数の条件を満たさなければいけません。
また、対応できる歯科医師が限られていたり、虫歯のリスクがあったりといった欠点もあります。状態によっては、インプラントなど他の治療の方がよりよい結果になるケースもたくさんあります。
まずは歯科クリニックに相談し、移植に適しているかを判断してもらいましょう。