根管治療にて「ラバーダム」を利用する必要性とは?

松川 眞敏
松川 眞敏
この記事の監修者
医療法人社団「朋優会」理事長。歯科医師・インプラント専門医。国際インプラント学士会(I.C.O.I.)メンバー。米国インプラント学会(A.O.)アクティブメンバー。欧州インプラント学会(E.A.O.)メンバー。O.S.I.アドバンスドトレーニングコース 講師。
https://e-implant-tokyo.com/smile-implant/

日本の歯科治療ではあまり馴染みのないラバーダム。

もしかしたら「ラバーダム」という治療器具の存在すら、日本では知らない人が多いのかもしれません。

 

では海外ではどうかといえば、ヨーロッパやアメリカの歯科治療でラバーダは当たり前。とくに根管治療においては“ラバーダムの使用が必須”とされています。その理由は、ラバーダムの使用の有無が根管治療の成否に大きく影響する要因の1つと考えられているからです。

 

そこで今回は根管治療におけるラバーダムの必要性や、国内におけるラバーダムの使用状況などについて、詳しくお話ししていきたいと思います。

 

目次

1.根管治療におけるラバーダムの必要性

1-1.世界では“常識”のラバーダム

ラバーダムとは、いわゆる「治療用の防御マスク」のこと。根管治療で肝心なのは「根管内の細菌をいかに取り除けるか」です。これには根管内にすでに感染している細菌だけでなく、治療中に新たに侵入する細菌についても十分な配慮が必要となります。

 

治療する歯以外の部位を薄いゴムで覆うラバーダムは、根管内に唾液や血液、細菌などの侵入を防ぐうえで非常に有効なアイテムです。

 

海外の根管治療ではラバーダムの使用が必須となっており、日本のようにラバーダムなしで治療を行うことはほとんどありません。その海外の根管治療(初回)の成功率は90%以上、再発率にして10%程度となっています。

1-2.ラバーダムのその他のメリット

ラバーダムは患部への感染を防ぐ以外にも、「治療中に舌や唇、頬を傷つけない」「消毒液が口の中に入らない」「治療器具の落下を防止する」といったメリットがあります。また歯科医にとっては「舌や頬が邪魔せず治療がしやすい」「殺菌力の強い薬剤が使用できる」というのも利点です。

 

このような様々なメリットから、ラバーダムは根管治療のほかにも、虫歯治療やセラミックなどの審美治療、小児歯科治療などで活用されています。

 

2.ラバーダムが日本で普及しない理由

2-1.採算が合わない

保険治療ではラバーダムの使用に対する報酬はなく、ラバーダムを使っても使わなくても治療費に違いがありません。さらに根管治療の治療費が1本10万円以上もかかる海外と比べ、日本の保険治療で支払われる治療費はその7分の1、患者さんの負担(3割)にしてわずか数千円程度です。

 

このような安い治療費の中で、1枚1枚が消耗品であるラバーダムや、装着に使用する器具の滅菌にかかる費用は歯科医院の大きな重荷になります。そのためラバーダムの重要性がわかっていても、医院の経営を考えると使用は厳しいというのが実状のようです。

2-2.時間と手間がかかる

費用が安く設定された保険の根管治療では1回の治療にかけられる時間も限られており、平均にして30分程度、長くても1時間未満となります。その中で装着から患部の消毒まで一定の時間がかかるラバーダムを使用すると治療の時間が短くなり、それが結果として通院回数の増加にもつながると懸念されています。

2-3.患者さんが嫌がる

ラバーダムはそのメリットの一方で、「治療中に口が閉じられない」「唾液が飲み込みにくい」「息がしづらい」といったデメリットもあります。またラバーダムは装着する際に歯が締めつけられる感覚や、人によっては痛みを感じたることがあるため、“患者さんの評判を気にすると使いづらい”という歯科医も少なくないようです。

2-4.ほかの歯科医院も使っていない

国内のラバーダムの使用状況についての調査した結果でも、根管治療の際にラバーダムを「必ず使用する」と答えた歯科医は全体のわずか5%に過ぎません。使用しない理由については上記に述べた通りですが、くわえて「誰も使っていない」という現状も、ラバーダムの不使用にそれほど危機感を覚えない要因の1つとなっています。

3. 「繰り返す根管治療」の問題点

3-1. 日本の根管治療は“再治療”になる割合が多い

私たちが最初に受ける根管治療は、一般では“歯の神経を取る治療”と呼ばれている「抜髄(ばつずい)」治療です。抜髄では虫歯などが原因で細菌に感染した神経や血管を取り除き、さらに根管内の殺菌・消毒を行った後、空洞になった根管に専用の薬剤を緊密に詰めていきます。

 

ただ過去に神経を取る治療(抜髄)を行った歯の中には、治療後しばらくして“根管治療のやり直し”を迫られるケースも少なくありません。このように根管治療には初回に行う「抜髄」と、過去に抜髄をした歯に対して行う「再治療」の大きく2つの処置があります。

 

ここで注目したいのが、国内における「抜髄」と「再治療」の件数の比較です。実は日本で行われる根管治療は「抜髄」よりも「再治療」の件数のほうが多く、抜髄治療後の再発率は50~70%といわれています。つまり神経を取る治療をした人の2人に1人は、後に再治療が必要となる確率が高いのです。

 

3-2.根管治療が“再治療”になる原因

過去に抜髄治療を受けた歯が再治療となる原因の1つに、歯の根っこ(歯根)の先に膿がたまる「根尖病巣(こんせんびょうそう)」があります。「噛むと痛い」「歯ぐきが腫れる」といった症状が代表的ですが、中には症状がなく、レントゲン検査で偶然発見されるというケースも少なくありません。

 

根尖病巣の引き金になるのは、過去に治療した根管への再感染、または前回の治療で根管の中に取り残してしまった細菌の増殖です。したがって根管治療では、最初の神経を取る治療で根管内の細菌を可能な限り取り除くこと(=根管内の無菌化)が重要なカギとなります。

 

抜髄よりも再治療が多い日本では、初回の治療における「無菌化」に不備があることが以前より指摘されており、その要因の1つに「ラバーダムの不使用」が挙げられています。

3-3.根管治療は再治療を繰り返すほど成功率は低くなる

初回の根管治療(抜髄)の成功率が90%以上である海外の根管治療でも、根尖病巣のある根管の再治療になるとその成功率は60%程度にまで低下するといわれています。

 

直径が1mmにも満たない根管はその形もとても複雑で、途中で枝分かれしたり、大きく曲がっていたりするものも少なくありません。初めの治療でこのような根管の中に細菌を取り残してしまうと、後に増殖した細菌は根管のわずかなすき間にまで広がってしまいます。このような微細な部分に入り込んだ細菌は次に治療をしても取り除くことが難しく、その結果として治療の成功率も低くなってしまうのです。

 

以上のことから根管治療は再治療を繰り返すほどその予後は悪く、歯を残せなくなるケースも増えていきます。

 

4.根管治療を「自費」で提供する歯科医院も増えている

根管治療は建築でいう“基礎部分”に当たる部位の治療にあたり、根管治療をきちんと行うか否かは「その歯が今後どのぐらい生き延びられるか」という点にも影響します。また先にも述べたように、根管治療は再治療を繰り返すほどその成功率は低くなるため、初回の治療を“いかに完璧にこなすか”が重要な課題となっています。

 

このような観点から、根管治療に対して意欲的な歯科医院や根管治療を専門とする歯科医院では、根管治療を保険ではなく「自費」で提供する医院も近年増えています。自費の根管治療ではラバーダムの使用はもちろんのこと、歯科用CTやマイクロスコ―プ(医療用顕微鏡)などの機器も導入し、根管治療の精度や成功率を向上させています。

 

費用については受診する歯科医院によって異なりますが、1本あたり数万円~数十万円と保険治療と比べてかなり高額である点は否めません。ただ「根管治療を何度も繰り返している」「根管治療をしても治らず、抜歯を宣告されている」という人は、このような高度治療を行う医院で相談してみる価値はあるでしょう。

5.まとめ

根管治療では初回に行う治療(抜髄)で“いかに根管内を無菌化できるか”が、治療後の再発やその歯の延命に大きく影響を及ぼしていきます。そのため高度な技術もさることながら、治療中は根管内への新たな細菌の感染にも配慮が求められ、海外ではその予防策としてラバーダムの使用が必須とされています。

 

ラバーダムの普及に遅れをとっている日本でも、その必要性に声を上げてラバーダムの使用を積極的に行う歯科医院が増えつつあります。ただラバーダムについては、治療を受ける側もその重要性を十分に理解しておくことが大切です。

 

「再治療になる可能性があっても、手間が少なく費用も安い」ほうがいいのか、「費用や手間はかかるが、確実に治せる」ほうがいいのか。自身の歯の治療について、もう一度見つめなおしてみましょう。

この記事が気に入ったら「評価」ボタンを押してください!

★★★★★

評価する